落ち葉の舞い散る堂平・笠山
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02年11月24日 団塊オジサン
落ち葉焚き=木枯らしの吹く初冬の暖かな癒し系スポット。 濡れ落ち葉=家庭で所在をなくした中高年オヤジの別称。
「落ち葉」の持つイメージは陰陽の二面性があるようだ。その「濡れ落ち葉」世代のオジサンが、会山行「堂平山(875M)・笠山(837M)ハイキング」に参加した。Kリーダーの下、男性2人・女性6人のパーティー。最寄り駅の東武東上線小川町駅からのバスは、雨がいつ降ってもおかしくないような空模様にもかかわらずハイキング客でほぼ満員。山野辺の道、落ち葉を踏みしめながら去り行く秋を楽しもうという人たちだろう。このあたりの山域を西武鉄道は「奥武蔵」、東武鉄道は「外秩父」という名称を用いハイキング・エリアとして競うように宣伝している。地理・歴史的にみてどちらが正しい呼称かは知らないが、オジサンは「外秩父」の方が違和感を感じる。いずれにしても二つの鉄道会社が、同じハイキング・エリアを宣伝するのに同一呼称だと差別化ができないとの判断からだろう。 取り付きの皆谷バス停でKリーダーに先頭を歩くよう依頼され、このコースは2度ばかり歩いた経験もあり軽く引き受けたが、地図を見るなど事前に準備していなかったので、出だしの入山口から戸惑った。いかに過去の経験・記憶がいい加減なものかという証左だ。当会でも読図山行教室が実施され、オジサンも地形図の重要さはわかるが、いかんせん老眼が進行した目には地図が見えない、いきおい地図を持参しても開かずに指導標に頼ってしまう。これが道迷いの要因の一つであろうが、地図と方位計でルートファインディングという技術はオジサンには永遠に身に付かないかもしれない。 極力スローテンポで歩くことを心掛け、小1時間たったところで雨。霧雨だが、この季節に衣服を濡らし体温を奪われるのは風邪への引き金になることもあり、早めに雨具を羽織った。濡れ落ち葉に足を滑らせるのに気をつけ、名残の紅葉・黄葉を楽しみながら歩を進めると、程なくして笠山山頂に到着。西峰・東峰があるとのことだが、雨煙で遠望も利かないことから、早々と山頂を辞した。二つ目のピーク堂平山頂に到着が12時07分。1組のグループがいるのみで、わが隊も昼食。幸い雨も小止みとなった。午後、本日の最高峰、剣が峰(876M)は「摩利支天」の山頂碑が電波塔の陰に追いやられ哀れな感じすらする。いささか急ぎ働きの山行となったが、14時20分に下山口の白石バス車庫に8人全員が無事下山した。 標高800M台という低山を、紅葉の盛りを過ぎた時期に平々凡々なオジサンが登っても、バス停直前で比企の山里は素晴らしい情景を与えてくれた。オレンジ色の熟柿、たわわに実をつけた柚子、まだ真っ赤な葉を残している楓、色鮮やかに黄葉した銀杏、茶畑の緑、これらが一つの額縁に収まったような光景。訪れる人が少ない場末の画廊、無名の画家の作品だが、作者の心意気がひしひしと伝わるような心打つ風景画に出会ったような気持ちにしてくれた。移ろいゆく四季と、同行させていただいた方々に感謝。 追 記 「濡れ落ち葉」ついでにもう一つ――。比企郡方面に出かけた折には必ず東松山市に立ち寄る。道後温泉を抱え正岡子規を輩出した四国の松山市と間違えられないようにと、「東」を冠した安易なネーミング。著名なものは丸木美術館と牡丹で有名な箭弓(やきゅう)神社程度で、決して全国区ではない平々凡々な郊外型都市だ。その東松山市は今「ウォーキングと焼き鳥の町」で町おこしに取り組んでいる。ウォーキングは「日本スリーデーズマーチ」の大会会場となっていることが理由。「焼き鳥の町」は確かに市内に焼き鳥店の数は多いが背景は定かではない。しかし、焼き鳥屋協同組合が存在し、「焼き鳥三兄弟」なるテーマソングも流れ、地元商工会議所も振興に努めているという。 今回も東松山駅で一人途中下車し、なじみの店で焼き鳥(正確には焼きとん)を肴に熱燗をあおった。味はご当地名物の辛味噌たれ。案の定、店内には「某市歩こう会」のユニフォームで身を固めた濡れ落ち葉世代(失礼)とおぼしき一団が「ウオーキング後の反省会は大切な行事---」とクダを巻いていた。冬山は寒い、バリエーションルートは技量がない、南アルプス深南部は根性がない、の平々凡々なオジサンには「落ち葉焚き」よりも、焼き鳥屋の煙とコップ酒の方が癒しのスポットになるようだ。 |