雲上の楽園 苗場山

2002年8月24、25日    Yシュガー

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 連日の酷暑も台風の影響か、かすかに秋風の気配を感じ処暑を迎えた八月最後の休みに、ハイキング部主催の「苗場山」が催行された。*苗場山*会山行計画にこの名を見つけ、五年前のあの感動と赤湯温泉への長い行程を懐かしく思い起した。又再びあの「雲上の別天地苗場山」に行く事が出来る。山行日が近づくにつれ新潟地方の天気が気になり落ち着かない。「女房元気で留守が良いと思っている?」のかと思う程我が家の「爺や」はここの所帰宅した私の顔を見る途端新潟地方の天気を報告してくれる。 山行の前はいつもそうだ。この「爺や」の好意? を背に気軽に出かけていいのだろうか?山行より戻り「天気が良くて好かったね」のその一言で単細胞の私はいつも素直に感謝しているが・・・・
 先発隊として二十三日の夜より湯沢に向う事にしたH間さん、N沢さんと外の雨を気にしながら綿密に連絡を取り合ったが結論として、夜発ちせず一晩様子を見て翌朝一番の新幹線で大宮から乗車する事に決める。

 

 雨対策はしっかりと

 天気予報は曇りのち雨、翌二十五日は曇りから晴れとなっていたが山の事だ、雨対策はバッチリとして行こう。以前縦走中ドシャブリとなり小屋に着き、靴を乾かす為ザックの背に入れて置いた新聞紙を取出した所、ザックカバーをしていたにも関わらず、濡れていて使い物にならない程だった。傍の小父さんが見かねて新聞紙を下さり助かった記憶があるが、登山者としてこれは恥ずかしい事だ。順風満帆な山行ばかりだと、いざと言う時に慌てる。山あり谷あり山行の方が、種々と習得する機会を持てる。ザックの中に大きなゴミ袋を入れ、その中に備品を詰め雨具を上部にレインハットまでも入れ、更にビニール袋の中に勿論新聞紙を、私としての完全な雨対策。靴にも念入りに革防水スプレーをふんだんに吹きつけた。

 逸る気持ちかセットした時計のお世話にならず大宮より新幹線で越後湯沢へ駅よりタクシーで登山口の和田小屋へと、順調に八時五分に到着した。車に弱い私達三人の頼みでゆっくりと走るタクシーの運転手さんが「午後から雨になるよ」と言っていたが登山口の和田小屋から登る上部を見ると青空!小屋前で喉を潤し熊の大きなカンバンの建っている登山口より入山。登山口からすぐは石がゴロゴロと、歩きにくかったが徐々に樹林帯の中高度を上げて「下の芝」通過。前を行くH間さんが「腕カバーを持って来れば良かった」「本当ね。こんな良いお天気になるなんて」とN沢さん。爽やかな天気に二人のこの上ない幸せそうな良い顔!私までも顔がほころぶ。想像して下さい三人の幸せそうな歩く姿を。

 忘れされたメモ用紙

 入山して一時間強の少し登りにかかった所で、ザックに掛けていた携帯が「花のワルツ」を突然奏で始めた。リーダーのO川さんより九時二十四分だった。会山行の本隊は越後湯沢に九時五分に着いた筈だった。「何処から?  湯沢の駅よりタクシーに乗るとの知らせかな?」と思いお互い名前を名乗った途端圏外に。そこで私達が元気に通過している旨を、知らせるため葉書半分のメモ紙を取出し「石神井山の会 S藤 九時三十分通過 O川さんへ」と記し登山道横の足元に小枝で刺した。携帯はその後も、本隊の行動時間を計算しながら要所要所で何度か試みたが都度、圏外になり通話不能だった。余談になるが二年前の二〇〇〇年の夏、友と二人で扇沢から針ノ木雪渓を登り蓮華岳より唐松岳までの、後立山連峰を縦走しょうと決めた時、縦走中アクシデントがあった場合を考慮して三兄に詳細な行程表を送付した所その兄も扇沢より柏原新道を上がり唐松岳までを一日違いで入るとの事だった。 

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 その日爺ケ岳より長い事憧れていた双耳峰の鹿島槍が気高く見えたのに、冷池山荘のテント場を通過する頃は尾根上五メートル四方はガスの中だった。鹿島槍南峰の登りに差し掛かった時、前を行く友が突如大きな声を上げた!「S藤Y子へだって!」思わず声の元へ足早に。 登山道脇のそこには、榛松の枝に葉書半分のメモが刺してあったのだ!「S藤Y子へ  気をつけて行け! 八方の下りで携帯に電源を入れておくように」と紛れも無く、兄の名が記されていたのだった。 鹿島の北峰から降りだした雨が八峰キレットを越える頃はドシャブリとなり無事キレット小屋に着き、五竜、唐松岳山荘までの二日間ドシャブリの雨の中を歩いたが、このメモ紙が最悪の中を歩くのにどんなに励みになった事か、今でも朝露と泥で少し汚れたそのメモを、大事にアルバムに挟んである事が如実に物語っている。フィナーレとして唐松岳山荘を発つ時、兄に携帯を入れたら八方のゴンドラ駅に、兄と兄の白馬の友達が車で迎えに来てくれていたのだった! メデタシメデタシ 完。 

  過去にこんなドラマを体験していたので、我が会の十人もの人が通過する登山道だ、誰一人目に止めないなんて「あろう筈がない」と思ったのに二時間後山頂に着いた本隊の人達に、後で聞いた所誰もが「エー気がつかなかった」と。山頂では後続の何人かの人に「メモの石神井山の会の人ですか」と聞かれたのに?第二のドラマは残り少ない夏と共に終わりを告げたのだった。

 今日は敬老の日だったかな?

 左右所々熊笹の中より大きく枝を広げる、ダケカンバの大木を見ながら本隊昼食予定の「中の芝」に到着。  ここで戴いた冷凍みかんと少し行動食を口に。この冷凍みかんの美味しかった事!嬉しい誤算となったが、家を出る時こんなに良い方に天気が外れるとは予想もしていなかったので、持参したみかんも、いつも冷凍する二本のペットボトルも、そのままザックに入れて来たので。足元に咲き乱れる花弁の中まで、観察しながらゆっくり歩くので息も切れず汗も出ずだが、天気のせいかやはり暑い!  今度は冷たく凍った飲料水が私の手に!こんなにされて今日は敬老の日かな?

 こんな私で好いのですか?

 小松原分岐より少し登った神楽峰へと。ここまで尾根上を行く時、左はガスで真白で皆無なのに、反対の右は遠くの越後の山々が見える状態だった。突如ガスが取れた右前方にこれから登る苗場山本峰が空高く聳えているではないか!「エーあれに登るの!」とH間さんの驚きの声。「まさか!あんな急登の所登った記憶なかったよ?」私。「でもあの山以外に前にルートは無いし・・?」と三人で静かに静かにガヤガヤと。全く五年前に歩いた道なのに記憶もうろ覚えであの時は、この場所から幸か不幸かやはり天気があまり好くなく聳える本峰が見えなかった?まさかアルツハイマーの前兆ではない事を祈る。 でもいつも体験するが、遠くから見てワアーあんな所を通るんだと思い、身を引き締めて進むと見た場所は?と思う内に何時の間にかその場所を通過してしまっている事がある。

 ここから勿体無いと思う程下り(山行しているのに良く思う事ですが)「カミナリ清水」の水場に到着。水場は必ず大勢の登山者でごった返す所だが、朝早く発った為か誰も居ずそこに用意された柄杓で喉を潤す。「冷たい!美味しい!」ゴクゴクと三杯も飲み生ぬるいボトルの中身と早速チェンジ。準備をして前方の本峰を見ると先ほど追い抜いて行ったご夫婦がゆっくりと登って行くのが見えた。山頂手前の雲尾根山道横で昼食を取り、本峰への登りに入る。「この辺が見た急登かしらね」等と、石楠花や紅サラサドウダンの繁る中、山頂へと向かう。

 私達を追い越したご夫婦に山頂で再び会う、ピストンでこれから下るとの事。「お願いがあります。石神井山の会の十人が小松原分岐付近ですれ違うと思います。申し訳ないのですが三人が元気で山頂に着いたと伝えて戴きたいのですが」と私。「判りました。しゃくじい? 石神井山の会の十人ですね。伝えます。」とご夫婦。山頂ヒュッテを目前にした私が、木道を行く前の二人に今日の良き山行を終え、感謝の念を抱いたのは当然の気持ちだった。今後、個人山行の計画があったら又と、固い約束でヒュッテに到着したのが十三時だった。

 ヒュッテに到着し名を告げると、今日の宿泊者は二十人なので、何処でもご自由にとの事! バンザイ!部屋にザックを置き六百ヘクタールの長野、新潟国境にある大小の池塘が点在する大湿原を、心行くまで散策したのは言うまでも無いことでした。 そして十四時四十五分、我が石神井山の会の若き会員十人が元気な姿を見せたのでした。  ( 先発隊の記)               

 

 苗場山  コースタイム

和田小屋     発   8:15
下ノ芝      着  9:25
 〃  一本    発   9:30
中ノ芝        着 10:20
〃  休憩      発 10:35 
上ノ芝         着 10:50
小松原分岐    着 10:55
神楽峰        着 11:20
雷清水          着 11:40
〃   休憩       発 11:50
雲尾根 昼食   着 12:10
〃               発 12:30
山頂ヒュッテ    着 13:00

 

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