ハマナス咲く知床岬、
炎暑の羅臼岳に登る
| 04年7月28日−31日
真夏日が続く東京の暑さに閉口し、涼を求めて北海道東部の3山(羅臼岳、斜里岳、雌阿寒岳)を登った。知床半島・宇登呂を訪れるのは今回で3度目。初回は鮭の遡上も終わり、里の風情が秋から冬へと装いを変え始め、観光客の人影が徐々に薄くなってゆく季節。あれから20年近くの歳月がたち、「北海道最後の秘境」といわれる知床半島にもずいぶんと人の手が入った気がする。当時からすると北海道の山に登るなんて思いも寄らないこと。 女満別空港に降り立ち、小清水原生花園で遅咲きのハマナスを愛で、オシンコシンの滝で涼をとり、知床半島にへばりつくようにある宇登呂漁港を経由して、前夜は岩尾別温泉にある「ホテル地の崖」にお世話になった。かねがね宿泊したかったホテルの一つで、名前の通り先には道路も民家もない一軒宿。野趣あふれる露天風呂が幾つもあり、食事も美味しくいただけた。
翌朝は岩尾別登山口を5時30分に出発、樹林帯の尾根道を1時間ばかり歩くと知床五胡の向こうに北の海が望めるオホーツク展望台。道中唯一の水場、弥三吉清水(他の水場はエキノコックスに汚染されている可能性があり飲用不可)を経て平坦な極楽平を過ぎると、雪渓が残る大沢を距離はわずかながら雪上歩行。このあたりからエゾコザクラやエゾノツガザクラなどの高山植物が多く見られ、北海道とは思えぬ暑い真夏の日差しでバテ気味の身体を癒される。峠を登り切ると羅臼平でハイマツの海が広がる。 羅臼岳登山道を開いた木下弥三吉翁のレリーフがあり知床半島縦走の分岐点。現地ガイドさんによると、この界隈は熊の高密度生息地で、においを嗅ぎ付けてくる熊も少なくないので、昼食を取るのは羅臼平に限定した方がよいとのアドバイス。ハイマツ帯を過ぎ、結構な斜度の岩場を三点支持で登り詰めると羅臼岳山頂(1661M)。根室側は生憎ガスっていて国後島は望めずオホーツク海側の見通しがよいのは、知床の通常の気候らしい。下山路は羅臼平での遅い昼食を挟んで同一コースを下る。途中、キタキツネやエゾシカとも至近距離で出合う。入山口の木下小屋到着が16時前。標高差1460Mの日帰り往復とあって、「知床旅情」の歌詞のように「呑んで騒いで」登れるほどヤワな山ではないようだ。
道内3日目はアイヌ語で「オンネヌプリ」(大山の意)と呼ぶ斜里岳(1545M)登頂。6時32分に清岳荘のある登山口をスタート、竜神の滝や方丈の滝を鑑賞しながら一の沢を30回近く渡渉、胸突き八丁の急坂、やせ尾根の馬の背を経て祠のある頂上に至る高山植物の豊富な名山。山頂から見下ろす根釧原野は北海道ならではの広大さで、本州の山の展望とは趣の違う風情。下山は尾根筋の熊見峠を下り行動時間は8時間20分。4日目は前夜に雌阿寒温泉に泊まり、火山活動中の雌阿寒岳(1499M)に登頂。7時50分に雌阿寒登山口から入山。エゾマツの樹林帯を抜けると活火山だけあって荒涼とした山容で、山頂からは雄阿寒岳やマリモで有名な阿寒湖に浮かぶ観光船も指呼の間だ。 条件がよければ摩周湖も見えるという。下山路は神秘の湖、エメラルド・グリーンに映えるオンネトー(老いた沼の意)口へと下る。行動時間は5時間半。今回の山旅は、かつて錦秋の季節に訪れたオンネトーの湖畔に佇み、20年前の感傷に浸るつもりでいたが、下界の最高気温は35度。とてもそんなセンチメンタルな気分にはなれない。やはり北海道の旅は雪と氷に閉ざされた寒い季節がふさわしいのかも…。 北海道帰還から日を経ずして南アルプスに登頂したが、赤石岳で知り合った女性は横浜在住の北海道出身の方で、若いころに北海道の山をよく登ったとのこと。羅臼岳も斜里岳も一般の人が登るようになったのは昭和40年代以降で、それまでは登山口まで馬車に揺られても1日ではたどり着けないほどの僻遠の地だったとか。「知床旅情」(昭和45年)が大ヒットする少し前には、宇登呂集落の入植者が過酷な自然条件に耐え切れず集団離農した悲しい歴史もあったという。北海道開拓で辛酸をなめた時代はそんな昔の話ではなく、また自然の厳しさを改めて思い知らされた次第だ。 |