粗忽者の山歩き−尾瀬・至仏山、燧が岳

   01年9月22−23日

                                                              団塊オジサン

 30年前くらい前に五木寛之の小説に「青年は荒野をめざす」というのがあった。小説の内容はすっかり忘れてしまったが、同名のフォークソングの歌詞は今も鮮明に覚えている。

  ♪  一人で行くんだ  幸せに背を向けて

               さらば恋人よ  懐かしい歌よ友よ

                       青年は  青年は  荒野をめざす ♪

 当時青年だった団塊の世代も今では50歳代半ばのオジサン。昨今の中高年登山ブームにかこつけて1人で初秋の尾瀬・ 至仏山、燧が岳に登ることにした。さしずめ「中高年は山野をめざす」というところか。

    9月22日  至仏山頂は霧氷・初氷

 前日、雨の中、新宿発の夜行バスで出発、鳩待峠に午前5時に到着、早速、至仏山頂へ向け歩を進めた。ラジオによると今秋一番の冷え込みとのことで、木道は霜が降り真っ白。わずかの傾斜でもツルッと滑るスケートリンク状態で、頂上到着までに何度転んだことか。幸い湿原には転落せずにすんだが、歩行ペースはかなり遅くなった。途中、オヤマ沢田代で小休止、小至仏山を過ぎるころには水たまりに氷が張っていた。思わず童心にかえり、氷を割ってみる。  

 至仏山頂に8時前に到着、野草には霧氷が付着し風も冷たい。正面に見える燧が岳山頂はあいにく雲がかかっていたが、もうすぐ一面の草紅葉に装いを新たにする尾瀬が原一帯は朝日に輝いて眺望はすばらしい。寒さに震えながらの朝食。これから山の鼻へ下り尾瀬が原を越えて、明日に登る燧が岳を見ながら、まだまだ道中は長そう、単独行の経験が浅いオジサンに不安がよぎる。

 尾瀬に来たのは1昨年以来2度目。前回は一人娘が嫁ぐ前に、思い出にと企画してくれ、家内と娘の3人連れで訪れたのだが、これがきっかけで奥武蔵、奥多摩あたりをハイキングするようになった。今、こうして気軽に山野を歩く機会を持てるのは、花嫁の父への、一人娘の最大の贈り物だったのかも知れない。

 蛇紋岩で滑りやすい山の鼻ルートを下り、冷気を含んだ風を受けながら、オゼリンドウが可憐にゆれる尾瀬が原を越えて下田代の尾瀬小屋に到着したのは午後2時。山小屋で風呂に入れるのは、水の豊富な尾瀬ならではで、ありがたい。さあ、明日は燧が岳にアタック。脚がもつかどうか心配。

    23日  快晴、富士・穂高を遠望

 午前5時30分起床。朝方の今秋一番の冷え込みで尾瀬が原一帯は霜で真っ白、眠気をいっきに吹き飛ばしてくれた。山小屋の主人によると、「こういう風景は例年なら10月に入ってから」とのこと。

 季節の移ろいを一足早く感じれるのは心が和むものだ。 7時に見晴新道登山口を出発。 前日の疲れもあり足取りは重いがひたすらがんばる。途中、何度かの小休止を繰り返し柴安到着が10時20分。山頂では折からの快晴に恵まれ眺望は抜群。下界は蒼々と水をたたえる尾瀬沼、黄金色に染まり始めた尾瀬が原、秋の日差しにキラキラと乱反射する池塘群。360度の展望は、正面には昨日登った至仏山が女性的な山容をよこたえ、那須・茶臼岳の噴煙、越後三山、谷川岳、富士山、遠くは北ア・穂高が遠望できる(といってもオジサンに分かるのは富士山くらいで、後はどれが穂高で、どの山が越後三山かは分からない。正確には穂高も見えたと人が言っていた)。

 今年の山行は頂上での天候に恵まれず、丹沢・塔の岳、秩父・雲取山、上越・谷川岳といずれも富士山は見えずじまい。7月に当の富士山に登ったが、そこも頂上では雨にたたられ、ご来光は拝めずで、人には「富士はやっぱり見る山だね」と言葉を濁してきた。それだけに、燧が岳からのすばらしい眺望には「感謝感激、雨あられ」「天は我に味方した」と心の中でつぶやいた。

  下山路を間違う粗忽者

 俎を経由して下山路は燧新道・三平峠・大清水ルートで帰る予定だったが、俎で下山路の確認を怠り、30分も下ったところの標識「御池方向」で道を間違えたことにようやく気づいた。今から俎まで引き返し、大清水へ下りても4時30分の最終バスに間に合うかどうかだ。それなら、このまま御池まで下り、バスがなければ桧枝岐村の温泉で一泊と決め尾瀬・御池へ向かう。それにしても下山路を確認せずに下り始めるところが、粗忽者のゆえんであろう。御池ルートには難渋した。そもそもルートの予備知識がないうえ、群馬県側に比べ標識が少なく、加えて泥濘と急峻な露岩。膝も痛くなり始めたが、なんとか3時間かけてバス停に到着、4時20分の最終バスには十分間に合い、休憩所で例によってビールで一人反省会。

 帰路途中のバス停に「会津駒ヶ岳登山口」があったので、「よし、いずれここも登ろう」と心に決め、福島県桧枝岐村(実はこの地名も初めてで読み方すら分からなかった)を後にした。

home_hanging.gif

 prev02.gif