おいらは登山靴
                     
新人会員K・Kさん

 仲間内じゃちょっと名の知れた、いわゆる上級者向けの種類なんだぜ。今のご主人との出会いから話そうか。

 登山ショップでどんな山屋がおいらのご主人になるのか楽しみに待っていたら、プライドの高さのせいか売れ残っちまって在庫処分の「がらくた市」行きさ。それでも目の肥えた客はいるだろうとのんびり構えていたね。

 ある日曜日の午後、今日がセールの最終日で明日以降はどうなっちまうんだろうとさすがにやきもきしていたところへ今のご主人が来なすった。しめたと思ったのも束の間、見るからの初心者。山屋の雰囲気がかけらも無い。他の靴を選んでくれねえかなあ。おいらみたいな種類は履き手を選ぶんだぜ。ようく考えなよ、隣のナイロンゴアちゃんも悪か無いぜ。なんてこっちの思惑お構い無しに、ためらい無く買われちゃったんだ。これも運命かねえ。

 買われた以上おいらも男だ。頑張るぜ。
で、どこ行くんだい? おいらの初山行は? 見ての通りおいらタフだからな。 雪だって岩だってこなせるぜ。任しておくんない。

へ? ええっ? なにー!

伊豆が岳〜? ハイキングだあ〜?
何かの間違いだろう〜? おいらの出番じゃ無いんじゃないですかい?
 家に帰り玄関に置かれると、隣に軽登山靴がいた。 まあ、先輩だわな。「ご主人、今度山の会に入ったんだって。ハイキング行ってきたら話聞かせてね。」 だとよ。 のん気なヤツだぜ。お前さんが付き合ってやりゃいいんだよ、ってろくろく口もきかなかったぜ。

 当日はまあまあの天気だね。ハイキング日和ってやつだね。とほほ。正丸駅から登山口に入るとなんとなく登山の雰囲気が出てくるね。ご主人ちらちらおいらを見てやがる。心配すんない。ここまで来たらしっかりやるよ。おいらにしたらなんてこと無い道だからね。のんびりとしたハイキングって割りにゃあ結構歩くね。みんなふぅふぅ言い出してきたぜ。

 ありゃ! 結構な坂道じゃねえか。滑るぜ。大丈夫かい?みんなもふぅふぅからゼイゼイに変わってきてるぜ。ほうらご主人、しっかり踏ん張りな。だめだめ、足の裏全体で。

 そうそう。うめえ、うめえ。もうちょいで昼食だとよ。もうひと踏ん張りだい。頑張りな。

 なんだかんだ言っても来てみりゃ面白いねえ。ああ、山の緑がすごいなあ。綺麗だねえ。目に痛いくらいだ。この花はなんていうんだろ? ちっちゃくて可愛いや。
 お、鳥も鳴いてらあ。のどかを絵に描いたようだね。こういう山歩きもいいねえ。
 ほら、着いたぜ。 さ、昼飯だ。 ハァハァ言うのよしなって。おやおや、とん汁じゃねえか。こりゃうまそうだ。いい匂いすらあ。みんなの顔も急に明るくなったね。
 先輩からとん汁いただきな。遠慮するこたあ無えんだぜ。いつか逆の立場になった時に今の気持ちを忘れないこった。おいらも一休みすらあ。
 お隣さんはどちらからで? ああ、お近くですな。今までは? へええ、結構行ってますね。ベテランですね。よく手入れされて幸せですねえ。
 おいらは今日が初舞台で。へへ、こんなとこでお恥ずかしい。何見てるんです? 
 ああ、おたくのご主人ですか。さすがにベテランだね。とん汁の食い方が堂に入ってらあ。それに比べてうちのご主人は…。あああ、こぼすよ。
 え? 違います、って。みんなの顔を見なさい、って。
……本当だ。

 ついさっきまで初心者連中、汗かいて苦しそうな顔してたのに。今はみんな一緒に嬉しそうに笑ってらあ。あ〜あ。うちのご主人もあんなにニコニコして。へへへ。うちのご主人は、ひょっとしたら良い人達に出会えたんじゃないかねえ。

 へへへ。 帰ったら軽登山靴のヤツに話してやんなきゃな。

                         終わり

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