霊峰・剣山から平家落人の里、尾久祖谷へ

 

6月22〜23日  団塊オジサン

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 一帯がミヤマクマザサの笹原に覆われた霊峰・剣山山頂=23日早朝

 前 略

梅雨の空模様が続くなか、西日本の山旅が続きます。今回は徳島県の霊峰・剣山(つるぎさん=1955M)から次郎笈(じろうぎゅう=1929M)−丸石−奥祖谷(おくいや)かずら橋を縦走しました。徳島といえば「鳴門の渦潮、阿波踊り、藍、すだち、池田高校さわやかイレブン」など明るい印象を抱きますが、県西部の奥祖谷地方は平家落人の里という伝説が素直に受け入れられそうなほどの奥深い山中で、徳島空港から剣山登山口到着までに6時間も要しました。このことを思えば四国八十八カ所を巡礼される「お遍路さん」の艱難辛苦が改めて思い知らされます。

暴れ川、四国三郎(吉野川)沿いに走るJR徳島線を経て、「うだつが上がらぬ」という言葉の語源となっている「二層うだつ」の家並みをバス車窓から眺め、一宇街道を抜け登山リフト乗り場のある見ノ越に着いたのが午後4時。なんとか持ちこたえていた梅雨空も到着と同時に本降りに。歩けば2時間の行程を、雨具を着け15分間のリフト搭乗で標高1750Mの西島駅へショートカット。悪天候に加え夕刻とあって幾つかある登山道のうち、最も短い尾根道ルートから頂上を目指しました。刀掛けの松を過ぎ、行場へ通じるコースには高知県出身の作家、宮尾登美子が剣山を舞台にした小説「天涯の花」に出てくるキレンゲショウマの群生地があります。開花期前なので左に見送り山頂ヒュッテへと急ぎました。ヒュッテは梅雨期の日曜日ゆえ同宿者は1組のご夫婦のみ。部屋は10畳の個室、風呂もあり、アマゴ(四国ではアメゴと呼ぶ)の唐揚げ、祖谷そば、山菜の天麩羅など食事も豪華で、今年は山小屋での待遇には恵まれています。それとも、カレーライスに雑魚寝というのが定番の山小屋は秩父、南アルプスの一部だけなのでしょうか。今回の山旅は四国第二、三の高峰、剣山−次郎笈−丸石への縦走がメインでしたので早めに床につきました。

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 四国第三の高峰、次郎笈の山頂標示板=23日午前

翌朝も相変わらず梅雨空模様。ヒュッテから指呼の距離の剣山山頂は、山名とは裏腹になだらかな起伏が広がり、ミヤマクマザサが山頂一面を覆っています。平坦な地形が「平家の馬場」とも呼ばれ、安徳天皇が太刀を納めた宝蔵石を御神体にした大剣神社が祭られています。この美しい笹原は裸地化が進んだ山頂を地元の方々が十数年かけて植生回復に努力されたということです。晴れていれば360度の展望のはずですが、生憎、朝方の雨で遠望は利きませんでした。でも、ゆったりと流れる山霧に包まれた笹原に一人たたずんでいると、源氏との戦に破れた「平家落人」の怨念が聞こえてきそうな気がしました。

急なガレ場を下りなだらかな稜線が続く次郎笈へ。私はかねて「次郎笈」という山名に惹かれていました。「笈(おい)」の漢字を用いる山は多分、「次郎笈」と加賀白山近くにある「笈(おいづる)ケ岳」だけでしょう。「笈」は修験者、遍路が背負う祠のような道具で、転じて巡礼が身にまとう白い袖なしの衣装を「おいづる(笈摺)」と呼ぶこともあるようです。西国三十三カ所霊場で満願となる谷汲山・華厳寺(岐阜県谷汲村)の御詠歌に

 いままでは親と頼みし笈摺を脱ぎて納むる美濃の谷汲

 というのがあります。幼いころ亡き父の仏壇に意味も分からずに唱えた御詠歌で、この「笈」の文字と語感に理由なく惹かれたことが、「次郎笈」という山名に親しみを抱いた所以でしょう。

腰まであるミヤマクマザサに覆われた笹原をかき分けながら、踏み跡を見失わぬよう慎重に歩を進めます。聞こえてくるのはカッコウの鳴き声だけという静寂さに酔いしれることができ、身勝手に抱いた「次郎笈」への期待はかなえることができました。でも明け方の雨に濡れた笹薮こぎで下半身はビッショリ。ふと感じたことですが、深山での単独行では、自分が「遍路」にでもなったかのような錯覚に陥る時がありますが、貴女の山旅では、そのようなことを思われたことはありませんか。ほんのわずかの時間ですが日が差し始め、振り返ると、たおやかな霊峰・剣山の山容を仰ぎ見ることができ、しばし歩を休めて眺めていました。2時間ばかり歩くと丸石の避難小屋。管理は行き届いており7、8人は十分泊まれそうで、見学していると後ろに何やら人の気配。振り返って見ると若い女性が一人たたずんでおられました。色白の綺麗な方で、平家の公達が寵愛した白拍子か、巡礼おつる(人形浄瑠璃「阿波鳴門」のヒロイン)の化身かと見まがうほど。声も鈴を鳴らすようでした。聞けば岡山からの方で、私とは逆ルートで歩いておられるとのこと。思わず私は踵(きびす)を返して剣山方向に戻って同行しようかと迷いましたが、今回で百名山のうち50座目にようやく到達。無事、遭難もなく来られたのに、ここで女難にあってはと踏みとどまり、「お気をつけて」と月並みな挨拶で後ろ姿を見送りました。貴女への手紙で、こんなことをしたためて申し訳なく思います。「相変わらず色香に惑わされやすい人」とお思いでしょう。

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祖谷川にかかる奥祖谷二重かずら橋の男橋=23日昼、徳島県東祖谷山村 

悪天候の平日に四国の山でうら若き単独行女性に意外にも遭遇。なにか得をしたような気分になって丸石峠を下りました。国体橋を渡り祖谷川の瀬音が大きくなると下山口の奥祖谷二重かずら橋です。かずら橋は男橋と女橋が架けられており、かずらの蔓を火で温め柔らかくして作られています。源氏の追っ手が来た時には、この橋を切って落としたという、壇ノ浦の合戦で敗れた「平家落人の里」ならではの言い伝えです。また、最近では滅多に見かけない野猿(やえん)も祖谷の谷にかかっていました。バス停まで30分の舗装路を歩き、四国の景勝地、大歩危(ぼけ)、小歩危を経由し徳島市へ。徳島空港では地元産の「すだち酎」を頂き、ほろ酔い機嫌で一路羽田への夜間飛行となりました。

沖縄は先週に梅雨明け宣言が出され、いよいよ夏山の季節です。いつ、どこの山かは分かりませんが百名山フィナーレには貴女と二人で登りたいものですね。その時には菅笠をかぶり白い「笈摺」を羽織ったペアルックの巡礼姿で。ちょっと目立ち過ぎでしょうか。机の状差しの手紙が百通になれば百名山満願の日ですね。それまで手紙を続けます。

梅雨寒の日もあるかと思います。御身ご自愛ください。  

草 々

2003年6月23日    徳島県東祖谷山村にて

<コースタイム(休憩時間含む)>

6月22日(曇り・夕刻雨)=羽田−徳島AP−JR貞光1214(バス)−つづろお堂1446(迎えの車)−見ノ越1600(リフト)−西島1615―刀掛けの松1645−剣山山頂ヒュッテ1710(泊)

23日(曇り時々薄日)=ヒュッテ0605−山頂0615−次郎笈0730−丸石0830−丸石避難小屋0840−国体橋0930−奥祖谷かずら橋1030−名頃バス停1145−JR阿波池田1526―徳島AP1910−羽田

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