初夏と秋の花が咲き競う鳥海山
8月16−18日 前 略 晩夏のみぎり、いかがお過ごしでしょうか。月遅れ盆の休暇を利用して久しぶりに東北の山旅に出かけました。日本海に長い山裾を落とす名峰、鳥海山(2236M)と山岳信仰で名高い出羽三山(湯殿山、羽黒山、月山)です。今年の東北地方は梅雨明け宣言が出されず、梅雨空か秋の長雨かの見分けがつかない天候が続き、庄内平野を潤す最上川は水量も豊富で、さながら「五月雨を集めて早し」の風情でした。幸いにして鳥海山登頂の17日は天候に恵まれ、思い出深い山旅が満喫できました。
初日は新幹線とバスを乗り継ぎ、山形県羽黒町にある羽黒三山のうち湯殿山、羽黒山へ。いずれも登山といっても山腹の神社に礼拝するだけで半ば観光気分。お盆の帰省時期でもあり両神社は参拝客、観光客が多数見受けられました。そそくさとお参りを済ませ、翌日に備えて遊佐町の吹浦登山口近くにある国民宿舎「大平山荘」に入りました。同山荘からは夕陽に染まる日本海や松尾芭蕉が「奥の細道」で訪れた最北の地・象潟(きさがた)、遠くは男鹿半島が見渡せました。 ここにして 浪のうえなる みちのくの 鳥海山は さやけき山ぞ (斎藤茂吉)
登頂コースは吹浦登山口−山頂−象潟・鉾立口で、標高差は1200Mあり午前5時の出発です。この山の特徴の一つは、古くからの信仰の山でもあり、石畳で整備された参拝路が登山道として長く続くことです。背後に波の穏やかな日本海が望める見晴台を過ぎると高山植物も現れ始め、河原宿から30分ほどの急登をこなすと鳥ノ海御浜神社のある御浜小屋。このあたりまで来ると、冬の空気の澄んだ時には岩手山、八幡平、早池峰山あたりも見えるそうです。右前方の鳥海湖が去り行く夏の日差しに煌めいていました。なだらかな下りの御田ケ原、七五三掛(しめかけ)を過ぎると雪渓がまだ残る千蛇谷。「昨冬の多雪と7月の低温で例年より雪解けがかなり遅い」とは地元ガイドさんの弁です。ガイドさんは風貌がいかにも山男という感じの髭面の方でしたが、優しい口調で東北人特有の朴訥さが感じられました(東北人=朴訥、関西人=がめつい、東京人=見栄っ張り、という地域性で安易に人を判断してしまうステレオタイプ的発想かもしれませんが)。
300Mほどの千蛇谷雪渓とガレた急坂を経て大物忌神社がある御室到着。ここでザックをデポし200年前の噴火でできた溶岩ドームの鳥海新山の山頂を目指します。急峻な岩稜帯でアルペン気分も味わえました。山頂は狭く10分余の滞在で御浜に下り昼食。上りに約5時間を要する長丁場でした。下りは行者岳、伏拝岳、文殊岳の外輪山を歩く尾根コース。万年雪の「心字雪渓」を左側斜面に眺めながらの稜線漫歩ですが、ニッコウキスゲ、チョウカイフスマ、チョウカイアザミなど多数の高山植物が咲き乱れるお花畑コースでもあり、雪解けの遅れと低温で初夏と秋の花を同時に鑑賞できる幸運にも恵まれました。
下山後、羽黒山麓の宿坊で1泊し、翌日の月山(1984M)登頂は、地酒の飲みすぎによる二日酔いと風雨にたたられ「寒サノ夏ハ オロオロ歩キ」状態でしたが、なんとか月山八合目−山頂−姥沢を縦走できました。鳥海山に負けず劣らず高山植物が咲き誇り、白装束に菅笠、金剛杖といういでたちの登山者(信者)も目立ちました。たまたま登山口から同行した山形県出身の年配の男性は齢88歳、米寿の記念にと68年ぶりの月山登頂だそうです。20歳の時に徴兵検査をパスし中国への応召命令を受け、その折に「武運長久」を願って登頂して以来とのことでした。当時はまだ女人禁制の山で、「今、こうして元気に月山神社にお礼参りができ、いつお迎えが来ても悔いはありません」と、下山口で握手を交わした男性の目には感涙があふれていました。「ふるさとの山は有り難きかな」、私もこういう登り方をしてみたいものだと思いながら、ふと見上げると爽やかな初秋の青空がほんの少し顔を出し始め、2泊3日の「みちのくの山旅」の幕を閉じました。 草 々 2003年8月18日 最上川畔にて <コースタイム(休憩含む)> |