粗忽者の山歩き−−
   高麗・日和田山の岩トレ

                                               01年12月8日   団塊オジサン

  去年(こぞ)今年  一貫の棒の  如きもの(高浜虚子)

 

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 暮れから新年かけての移ろいは、一本の棒のように連なった風情であることを吟じた虚子の句だが、「石神井山の会」の望年(忘年)山行に参加したオジサンが、無謀にも身を任せたのは「一貫の棒」ではなく「一本のザイル」だった。

  IT不況、同時多発テロ、狂牛病・・・と、暗い話題に事欠かなかった2001年も残すところ20日余。来年に夢を抱いて催された「石神井山の会・望年(忘年)山行」は、初冬の武蔵野・高麗の里にある巾着田をベースに、顔振峠、五常の滝、多峰主山の3方面にわたるハイキング、岩登りトレーニング、高麗川べりでの交流会と、多彩なオプションが用意されていた。山登りを始めて、まだ半年にも満たないオジサンが、あえて岩トレを選んだのは、来年あたりは北アルプスあたりまで足を伸ばしてみよう、そのためには「3点確保」程度はマスターしておかねば、という思いからである。

  導入訓練は子供岩

  岩トレ会場は巾着田から徒歩20分ほどの日和田山山腹にある岩場。20年を超すクライミング歴を持つH講師のもと、男性4人、女性4人が講習を受ける。午前中は高低差5メートルほどの通称、子供岩と呼ばれる岩場。ハーネス、エイト環、ザイル等々、ハイキングに毛の生えた程度の経験しかないオジサンは初めて触れるものばかり。最初はH講師に「クライミングは足で登るもの」「3点支持で体重移動を」と「基本の基」を教わる。さあ、いよいよ実践訓練。高低差5メートル程度なので、登りはさして恐怖心も抱かず無難にこなせたが、さすがに懸垂下降だけは、まったく初めてのことなので、いかにザイルで安全を確保してあるといっても恐怖心が先に立つ。降下合図の「テンション」の声にも緊張が走る。それでも登攀、下降のスタイルこそ決して美しくはないものの、全員が無事、午前中の講習を終えた。訓練の合間合間には、講師による装備の特性、発達の歴史も教わった。それにしても、エイト環はあんなシンプルな作りなのに、摩擦を利用して1人の力で降下する人間の体重と安全を支える機能を持っていることには改めて感心した。

  高低差10メートルを懸垂下降

  午後は「天を衝く」とまではいわないが高低差が10メートルを超す岩場。周囲では完全装備をしたグループが、いくつも訓練をしている。できることなら見学に徹したかったが、岩トレに来て「恐いから見学」ではお粗末なので、恐怖心をこらえて挑戦してみる。最初にトライしたKさん。的確に足場を確保し、講師も驚くほどのスピードで登攀する。下降もスムーズで着地直前には「月面宙返り」の離れ業を交えて、無事着地。日ごろ女性アルピニストとして尊敬するSさんは懸垂下降の途中、ピースサインでカメラに向かってポーズの余裕。順番待ちのオジサンは岩場をみながら、「あそこに足を掛け、左に移動し右上の岩盤を登れば」と事前にイメージするが、いざ張り付いてみると視界はわずか30センチ。どこに手を掛け足を掛ければ上に行けるのか懸命に模索する。途中、あきらめて下降の合図を送ろうかと何度も思ったが、開き直って時間をかけ、なんとか頂上にたどり着いた。多分、自分がイメージしたコースとは全然違うコースをたどったような気がする。下降は午前の訓練の成果のおかげか、ザイルへの信頼感からか、それほど恐怖感を抱かずに降りられた。2度目のトライは、ややオーバーハング気味のコースに挑んだが、あっさり途中敗退。
 
  交流会は「3点支持」で左手を確保

  50代半にして初めてザイルを使った岩場登攀を経験したが、信頼関係と装備があれば、クライミングは安全なものということを改めて知った。確かに高所に対する恐怖心は私も人一倍あるが、安全と言う裏打ちがあれば、ある程度は払拭できることを今回の訓練で実感した。これもH講師の緻密な登攀理論と的確な指導のお陰であることを感謝。
 夕刻からの望年(忘年)交流会は高麗川の河原でバーベキュー。北海道名物のチャンチャン焼き、鹿児島からの秘伝の焼酎、当日退院された皇太子妃のルー ツ、越後・村上市産のスルメ、と全国各地の名品が集められ、澄み切った星空の下、、この1年の山での思い出を語り合いながら、宴(うたげ)は繰り広げられ た。ここでオジサンは「3点支持」でしっかりと左手を確保したことはいうまでもないが、宴の詳細はまた別の機会に。

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