栄華はいずこ、崩れゆく伯耆大山に登る
03年10月25−26日 拝 啓 秋色が日ごと深まり、東北地方や北アルプスの山々では初雪や初冠雪の便りが届く時節となりました。お変わりございませんか。寒い気候が苦手な私は10月の山旅に鳥取県の伯耆大山(ほうきだいせん=1708M)を選びました。天候に恵まれたお陰で中腹の燃えるような紅葉、山頂近くは緑濃いダイセンキャラボク、日本海に浮かぶ美しい弓ケ浜の海岸、と思い出深い山旅を綴ることができました。 死んでも貴方と 暮らしていたいと 今日まで努めた この私だけど 二人で育てた 小鳥を逃がし 二人で描いた この絵燃やしましょう 「手紙」(歌唱由紀さおり、作詞なかにし礼、作曲川口真)
6合目からの急登にあえぎ8合目までくると、植生保護のための木道が山頂の弥山(みせん)まで続きます。大山の最高峰は剣が峰(1729M)ですが、崩落が激しいため数年前から縦走路は通行禁止とのことです。稜線上は海風が強く山頂避難小屋で名物の「大山おこわ弁当」をいただきました。避難小屋といっても、管理人常駐で水洗トイレがあり60人が泊まれる立派なものです。ここから眺める夕日が絶景なのですが、それを待つと暗くなるので早めに山頂を辞しました。 日が落ちる前に麓近くまでたどりつくと、大山寺の由緒ある建造物をそこかしこで見ることができました。夕暮れの深山幽谷にたたずむ重要文化財の阿弥陀堂は往時をしのばせる荘厳さで、なんでも栄華のみぎりには3000人の僧兵を擁したそうです。そういえば、この山域を歩いていて、なにかしら比叡山・延暦寺の境内に似ているなと感じたものですが、宿泊した旅館のご主人によると、やはり大山寺は延暦寺の「別格大本山」ということでした。京都と伯耆の国、遠く離れてはいても山の霊気は伝わるものなのでしょうか。
夕食に地酒と郷土料理をおいしく頂き、翌日の帰路は鳥取市の砂丘に立ち寄りました。日曜日ゆえ山と違って若いカップルたちが砂丘に腰を降ろし、浜辺に打ち寄せる日本海の波頭を眺めている姿を多数見受けました。鳥取砂丘といえば「風紋」が有名ですが、風紋は一晩で形を変えてしまいます。大山は痛々しい崩壊が日々進行しているという話です。形あるものは、いずれ崩れゆくものなのでしょうか。人の心は移ろいゆくものなのでしょうか。始めに引用した「手紙」の歌詞には後半部分がありましたね。 なにが悪いのか 今もわからない 誰のせいなのか 今もわからない 涙で綴り終えた お別れの手紙
かしこ 2003年10月26日 鳥取砂丘にて <コースタイム(休憩含む)> 10月25日(快晴)=羽田AP0710−鳥取AP(リムジンバス)−JR倉吉駅−大山口駅(バス)1150−大山寺1225−大神山神社奥宮登山口1245−6合目避難小屋1400−1445弥山山頂1525−6合目避難小屋1610−夏道登山口1710−弥山荘1725(泊) 26日(快晴)=弥山荘0840−大山寺BT0920−JR大山口1002−1200鳥取駅1300−1325鳥取砂丘1445−鳥取駅1530−鳥取空港1630−羽田AP1750 |