雪 の 雲 取 山 |
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長沢(CL) 金原、 吉田ま 1999年2月20日〜21日 |
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立川駅の五日市線ホームで待ち合わせし、予定時刻に全員そろって、7時54分発の奥多摩行きに乗り込む。奥多摩駅の立ち食いそばで腹ごしらえする。ちょうどタクシーが2台たて続けに戻ってきた。さっそくタクシーに乗り込み出発。昨夜降った雪が樹氷になって、朝日にきらきらと光ってとても美しい。 ザックには、寝袋などの個人装備のほか、食料、ガスボンベ、水など共同装備も入り、肩紐がぎゅっと食い込む。ポッカ訓練のつもりでいたので、気合いを入れて出発した。登山口までは、単調な林道をすすむ。四十分ほどで登山口に到着。樹林のなかへと入る。雪はほとんどなく足もともしっかりしていて快調にすすむ。坂も適度な角度で、それほど苦しまずに高度をあげる。 奥多摩小屋をすぎると展望が開け、奥多摩の峰峰を楽しみながら歩くことができた。大雪にたたられた去年の山行とは大違いだ。小雲取山までが最初で最後の難所。ザックの重さが一段とこたえた。 午後五時前にきょうの宿、雲取山避難小屋に着。大きくそびえる富士山が青空に浮かびあがっていた。雪の帽子をかぶった富士山が、一番富士山らしいとあらためて感激する。「さー、最高傑作を撮るぞ」とカメラを構えたが、なんと、シャッターが切れない。うっ、電池切れや。大失態だった。予備の電池もなしで、お手上げ。思わず「くやしー」と叫んだが、後の祭りで、この絶景は心のシャッターでがまんすることとなった。 小屋のなかは二十人ぐらいでほぼいっぱい。以外と若い人が多かった。われわれの夕食は、豪華にも「すき焼き」。いつもながら下界よりおいしい食事に舌づつみを打った。豪華な食事に、とりわけ単独行の若者の注目を集めたようだ。ちょっとかわいそう。三人でわいわいやっていたら、次々と若者が寝だした。七時になるとついに一人を除いて、全員寝てしまった。今宵も一番元気に最後まで騒いでいたのは、おじさんとおばさんであった。 翌朝は前日にもまして、すばらしい天気で、小屋の窓からご来光が差し込んでくる。朝日に輝く富士山で心を洗った。しかし、トイレには、昨年に続き閉口した。山盛りの状況は去年よりひどい。もよおしたが、お上品な私としては、どうしてもそこで用を足すことはできず、不安はあったが雲取山荘まで我慢することにした。雲取山の頂上では、南アルプスの北岳、十一月に敗退した赤石岳や荒川三山、浅間山などなど、大パノラマを満喫することができた。 雲取山荘で、三峰からのロープウエイが休業していることを知った。歩くと一時間はかかるがしょうがないとあきらめた。ところが、六十がらみの男性が、三峰神社まで車できているから、乗せてあげてもいいとのこと。じゃあご一緒にということになった。よくしゃべる男性で、たいした山はやっていないといいながら、7000メートル、8000メートルの山に無酸素で登ったという話を平気でし始めた。台湾や韓国の山にもいってるそうな。道々、いろいろアドバイスもしてくれました。たしかに、しっかりした足取りで、年期が入っている足運びは、ただ者でない雰囲気がただよっていた。会社を定年後、いまは町営の山小屋の管理人をしているとのことでした。 雪は奥多摩側よりはるかに多く、雪山気分を味わうことができた。けっこう急下降だったが、雪があるほうが歩きやすく、快調にとばした。午後1時35分に駐車場に着。はじめは三峰口駅までといっていたのが、帰り道だからと秩父駅まで送ってもらった。天気にもめぐまれ、なかなか「ラッキー」な山行であった。
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