やってきました北の果て、初夏の利尻岳に登る
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05年6月16−19日
「花の浮島」と呼ばれる6月の礼文島はレブンアツモリソウ、レブンウスユキソウなど固有種の開花期とあって16日午前の稚内便は満席。稚内市ではレンタカーで宗谷岬やノシャップ(野寒布)岬など岬巡りしたのち利尻島行きフェリーに乗船、夕刻に鴛泊港に近い旅館に前宿した。翌朝は宿の車で入山口の北麓野営場へ送ってもらい5時20分歩行開始。ツアーも含め結構な入山者数のようだ。この日だけは晴れを願っていたが思いはかなえられた。10分も歩けば最北の名水100選、「甘露泉水」で水を汲み山頂を目指す。ポン山への分岐を左に分け、ブナとダケカンバが繁茂する野鳥の森では鳥の鳴き声とともに機関銃のようなテンポでアカゲラが樹木に穴を開ける音を耳にする。5合目の見晴台で礼文島を眺めながら利尻産のおぼろ昆布を巻いた朝食のお握りをいただく。気温は上がってきたが北の果てとあって蒸し暑さは感じさせない。8合目の長官山(北海道庁長官がここまで登ったので、この名がついたという)で谷筋にまだ雪を多く残す山頂を仰ぎ見る。利尻岳を登頂した人のなかには帰路のフェリーでその姿を再び見て涙する人もいるというが、その気持ちが分かるほど神々しさを感じさせる山だ。ここからはまだ標高差500mもある。
避難小屋でリュック内の荷物を軽くし冬の名残の雪田を越えて9合目。「ここからが正念場」の看板があり火山礫の滑りやすい急登をあえぎながら登る。岩場やヤセ尾根を交えローソク岩を横目に見ながら30分で山頂。360度の眺望で遠くはサハリン(樺太)、近くは礼文、稚内も見渡せる。祠(ほこら)を祭った山頂はさほど広くなく後続に団体が来るので短い滞在で下りる。9合目で昼食をとり避難小屋に預けた荷物を回収して一気に下り、再び甘露泉水で水を補給し15時前に無事下山。迎えの車で旅館に戻り、利尻にもう1泊した。神々しい利尻岳登頂で感心したことは、携帯トイレを配布し回収ボックスも完備していること、登山道途中には3ヵ所のトイレブースを設置し人目を気にせず用を足せるようにしている点だ。ツアーで来たご婦人方も整然と並んで用を足していた。北方の離島でこうしたシステムができるのだから本州の山でも難しくないはずだ。費用がかかるなら受益者負担にすればよいと思う。 18日午前のフェリーで礼文島に渡り、バスで登山口のある西海岸沿いの小さな漁港の内路に行く。ここも結構な登山者がいた。梅雨のない北海道とはいえ6月の離島ははまだ天候が不安定で、礼文岳登頂は強風・小雨で天候には恵まれず。レブンアツモリソウは開花期を過ぎウスユキソウは開花前とあってお目にかかれず。それでも高山植物はかなり咲いていたが「花の名前音痴」の私には出合った花名はほとんど分からない。ただ礼文山頂は標高490mの低山にもかかわらず一面はハイマツ帯で北方の山に来ていることを実感させてくれた。ちなみに「花の浮島」の名称は地元自治体職員の発案とかで秀作のキャッチコピーといえよう。下山後はバスの発車時刻まで時間がありヒッチハイク、夕刻に香深港近くの漁師民宿に世話になった。民宿裏庭には意外にも桜(マツマエザクラ)が満開で礼文島が日本列島の桜前線最終地点らしい。ただTVニュースなどで報道されるのは釧路あたりまでという。19日も早朝に起き、標高200mばかりの桃岩展望台まで行ったがガスで眺望には恵まれない。ここから東海岸の元地までがフラワーロードとのことだが残念ながら時間がなく断念、来た道を民宿に戻り朝食を済ませ午前8時台のフェリーで離島した。
今回の山旅は北の離島の名山登山とあって海辺の旅館・民宿で3泊し、山に登り、残雪を歩き、花を愛で、野鳥のさえずりを聞き、北方の海を眺め、海産物をおいしくいたたくという日ごろの赤貧登山に比べれば格段のぜいたく。ウニやイクラ、カニ、ホタテ、ホッケ等々を連日食することができたが、3日目にはさすがに飽きてきて立ち飲みの焼き鳥屋が恋しくなった。また単独行・山ろく泊ならではの体験も色々とあったのでエピソードとして付記しておこう。 <6月17日利尻岳コースタイム=快晴> 鴛泊旅館0500(車)−0510北麓野営場0520−甘露泉水−0629五合目見晴台0655(朝食)−六合目見晴台0718−0847長官山―利尻山避難小屋0902−0930九合目―1002山頂1028−1130九合目(昼食)1200−1229避難小屋1245−1345六合目第一見晴台1400−甘露泉水―1455北麓野営場1510(車)―鴛泊旅館 <18日礼文岳=曇り後小雨、強風> 利尻・鴛泊港FT0950−1045香深港FT1100(バス)−1130内路登山口1145−起登臼分岐1226−1318礼文岳山頂1325−起登臼分岐1420−1510内路登山口(ヒッチハイク)−香深民宿 妙齢の女性と「岬めぐり」ドライブ――エピソードT 16日正午前に稚内空港に到着し次の利尻島行きフェリーの出発時刻まで3時間もあった。宗谷岬へ行こうと観光案内所を訪ねると同じフライトだった妙齢の女性と遭遇、お互い気ままな1人旅とあってレンタカーで稚内周辺をドライブしようということで話がまとまる。といっても私は免許証を持参していない。彼女が運転、私は助手席で宗谷岬とノシャップ岬へドライブ。波静かなオホーツクの海を眺めながらの「岬めぐり」。宗谷岬ではツーショットの写真も撮り思いもかけないアバンチュール。フェリーターミナルに午後3時に到着し彼女は礼文島へ、私は利尻島へと名残を惜しんで船上の人に…。帰郷後にもらったメールでは彼女は快晴のもとスコトン岬からの「愛とロマンの8時間コース」を歩いたとか、私は標高1721mの利尻岳登頂で「ゼーゼー、ハーハーの10時間コース」だったことを返信メールした。 利尻山大社奥社の製作者に出会う――エピソードU 利尻富士町には山ろくに利尻山大社があり、利尻山頂の北峰・南峰にはそれぞれ奥社として祠が祭られている。登頂のため2泊した鴛泊港に近い旅館のご主人は大工の棟梁でもあり山頂の祠の製作者であることを知った。話を聞くと、10年ほど前に奥社を建て替えるので祠をこしらえてほしいとの依頼が利尻山大社からあった。宮大工の経験はないが地元の氏神様のためなら、と精魂傾けて総桧造りの祠を完成させたという。いざ山頂に設置という段になったが、場所が国立公園内とあって環境庁が人工構造物の設置には強い難色を示したらしい。氏子ともども粘り強い交渉の結果、設置の許可が下りてヘリで運んだが、棟梁はそれ以来、利尻岳には登っていないという。 北方4島に届け、礼文太鼓の調べ――エピソードV 礼文岳登頂後に宿泊した香深の町で偶然、伝統芸能の礼文太鼓の実演があった。観光シーズンの6、7、8月に毎月1回行われるという。夕食後に民宿の車で送迎してもらった町民センターの会場は観光客や地元の人でほぼ満員。真っ赤なハッピ姿に華麗なバチさばき。太鼓の響きは「穏やかな夏の海、全島が黄金色に染まる錦繍の秋、荒々しい冬のオホーツク、高山植物が咲き乱れる春」の礼文島の四季を表している。昆布焼酎を頂き、演奏の合間にはビンゴゲームもあり、ほとんどが京都の料亭に買い占められるという特産の利尻昆布を景品でゲット。北の果ての山旅の最後の夜を幸せな気分で過ごさせていただいた。 |
