立冬の会津磐梯山、               
       遭遇したのは熊ならぬ美人女将     


団塊オジサン

04年11月6−7日

 立冬の11月7日に会津磐梯山(1819M)に単独登頂した。今年3月の積雪期にも猪苗代スキー場からリフト利用で登ろうとしたが、力量・装備不足で1400M地点であえなく敗退、再び挑戦すべく積雪期に向けての偵察山行。新宿発の高速バスを往復利用し前夜は裏磐梯・川上温泉の素朴な民宿に世話になる。民宿のご主人にまず熊の出没状況を尋ねると、「今年に限らずこの界隈は頻繁に現れる」らしい。雪は10月28日に初冠雪したが数日で消えたという。温泉に浸かり会津民謡の小原庄助さんのように朝寝朝酒という訳には行かず、夕食時の酒も控え目に床に就くと、いきなり地震。新潟・中越地方の人々の艱難辛苦が偲ばれる。

四通八達した磐梯登山道のなかでも川上温泉コースは比較的マイナーで歩く人はほとんどいない。熊を警戒して畳んだストックを武器代わりに(一応戦闘意思あり)、笛を吹きながら樹林帯を歩く。5分ばかりで湯の池から流れ出す幅1メートルほどの小川に架かる橋が流されており飛び越す。紅葉は盛りを過ぎたようだが樹種によっては色鮮やかな葉を残す静かな山道だ。広い火口原では迷わぬようペンキマークを慎重に拾って歩く。急登の尾根筋に取り付き歩行2時間で最初の休憩、宿で作ってもらった握り飯で朝食。米はササニシキか純白でとても美味しい。
 死者450人を出した1888年の噴火の際に出来た爆裂火口跡の頂稜部は道幅も狭く火口から吹き上げる強風でバランスを失い滑落すれば一巻の終わりというスリリングなコース。積雪期は雪庇(せっぴ)ができて歩行は難しいだろう。天狗岩下の黄金清水で猪苗代からのコースと合わさり登山者も多くなる。黄金清水では40歳代とおぼしき単独行女性が黄金清水に拍手を打ち、今度は東方の吾妻山に向かって遥拝している。真っ赤なジャケットを羽織り、綺麗な方なので私も釣られて清水に拍手を打った。聞くと毎日磐梯山に登っており、遥拝は中吾妻山に祭られる吾妻神社に向かってだという。この女性の歩行速度はダブルストックを駆使して風のように速くアッという間に引き離される。4合目の弘法清水小屋(売店)につくと、なんとその女性がテラスにテーブルを出し開店の準備をしていた。「なんだ、毎日登るって小屋の人でしたか」と声を掛け、「帰りに必ず寄ります」と約束した。弘法小屋から岩交じりの急登を20分で山頂、10人程度の人がいた。
 展望はガスで今一つ。北東の桧原湖は見えるが南西の猪苗代湖はガスの中。早々に山頂を辞し弘法小屋に寄る。バッジとコーヒーを購入すると100円割り引いてくれた。値引き率は24%。地元の山岳会か、なじみらしき男性客数人が色々と手伝っていた。これは同窓会などに出席すると分かるが、男というものはかつて綺麗だったという印象の女性のところには確実に集まるものだ。小屋入り口に「みんなが来てくれて山が綺麗になりました」と掲げてある。スポットライトを浴びると山も女性も綺麗になるという証か。女性客も多く福島弁の会話を耳にすると、地元出身で安達太良山ろくでロッジも経営する女性登山家、田部井淳子さんはカリスマ的存在のようだ。

下山路は黄金清水まで戻り沼の平を経て赤埴山(あかはにやま)を巻き猪苗代スキー場の最上部、天の庭(1合目)に出る。ここからゲレンデを下るが予約したバスの時刻に2時間足らずしかなく駆け足で下る。猪苗代登山口で温泉に入る余裕もなく大急ぎで着替え、バス停のあるJR猪苗代駅までは歩けば1時間のところをヒッチハイク。ヒッチハイク成功の秘訣は登山者か「イセキ」とか「クボタ」の帽子をかぶった地元のオジサンを狙うのがコツで、アベックや女性ドライバーはまず乗せてくれない。発車40分前にバス停到着、駅前食堂でビールと地酒「會津誉」を飲み、15時のバスで帰京した。積雪期の偵察山行のつもりだったが、その季節には弘法清水小屋は営業していない。小屋の美人女将に再会するには無雪期の方がいいかなと、またまた不純な動機が頭をもたげる。

<コースタイム>

11月7日(曇り後晴れ)=裏磐梯・川上登山口0645−川上温泉分岐0715−火口原分岐0820−0850尾根取り付き(朝食)0910−0950弘法清水1005−1025磐梯山頂1035−1050弘法清水(昼食)1130−沼の平1200−天の庭1300−猪苗代登山口1320−JR猪苗代駅1500−東京

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