自然は冬の北岳を許してくれなかった。
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前回の年越し山行で、今回は北岳と決めていた。「天候さえよければ」とたかをくくっていたのが、見透かされたのだろう。「ろくに訓練もしていないお前にはまだ早いよ」と。出発を前日に控えた29日、天気図を見ると、いよいよ低気圧は日本海側と太平洋側両方を北上してくることがはっきりしてきた。列島は低気圧のサンドイッチだ。北アルプスに比べて北岳は影響は少ないとはいえ、これではあきらめざるを得ない。たいして天気図を読めない自分にでも、大荒れが予想できるからだ。出発日の朝、やはりリーダーの山ちゃんから電話があり、相談のうえ北岳は断念し、鳳凰三山に行先を変更する。
30日午後、特急「かいじ」で甲府駅まで行き、予約した芦安タクシーで夜叉人峠の登山口まで行く。北岳、甲斐駒が岳、仙丈ケ岳と南アルプス南側の入口として、何度も通って知った道だけど、急カーブに突っ込むように飛ばすタクシーには恐れ入った。「ハンドルがとられるね」とつぶやきながらも、スピードはいっこうに緩む気配がまったくないのだ。手の平が汗ばみ、のどが渇くのがわかった。
ヘッドライトに駐車場に並ぶ車が、ふっと浮かんだ。夜叉神峠の登山口に着いたのは、どっぷりと陽がくれて、ヘッドランプが頼りの時間になっていた。駐車場には、すでにかなりの車が並んでいて、多くの入山者があることが予想される。通行止めゲートを越えた林道上で幕営する。すぐ近くに水かとうとう出ていて、とても便利だ。明日に思いをはせながら、シュラフに潜り込んだ。
山靴の響きで目がさめた。お池小屋方面に歩くパーティーだ。きっと北岳に向かうのだろう。ちょっと、くやしい。「低気圧がきてるんだぞ」と、よけいなことをいいたくなったが、もちろんこらえた。
冬の北岳に挑戦するという緊張感はなくなったが、油断は禁物だ。気を引き締めトップ長沢で歩きはじめる。予想以上に雪は少なく、さくさくと落ち葉を踏み鳴らしながらのスタートとなった。高度を上げるにつれ雪は増えてきたが、風もなく身体があっという間に温まり汗が噴出す。「低気圧はどこにいった」――ふと、穏やかな空を見上げて、ふとどきなことを考えてしまう。
1時間ほどで、夜叉人峠小屋に着く。白く輝く白峰三山の、美しい山容が眼前に現われた。これだけ雪に覆われた北岳を間近で見たのは記憶にない。これだけでも、ここまでやってきた甲斐があったというものだ。しかし、登山コースの八本歯のコルあたりには、雪はなく黒く見える。また、未練が……
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しばらく樹林帯で、見晴らしはなかったが、火事場跡に再び北岳と再会ができた。そこから杖立峠、苺平と歩き、きょうの幕営地、南御室小屋に十分明るいうちに到着した。さすがに一面真っ白に雪化粧をしている。無雪期には2度きているが、雪があると別世界だ。ここには表現し尽くせないほど、おいしい水がコンコンと湧いている。凍ってないかしらと、まずそのことが気にかかり、さっそく確かめにいくと、夏場のときの勢いはないものの、しっかりと流れていた。木製のトイを伝って流れてくるのだけれど、その周りは雪と太くて短いツララが囲んでいる。おいしい湧水を演出するのに十分だ
小屋はビールが売れきれということで、この水で焼酎をわって飲んだ。これがまたうまい!すっきりした切れ味は、スーパードライなどは足元にも及ばない。ほてった体のすみずみに冷たい液体が行き渡る快感。うーたまらん。などと飲んだくれているうちに、大晦日は暮れたのであった。
1日、3時に起床。満天の星は、快晴を約束してくれている。ここは、山と樹林で囲まれていて、星空がまあるく切り取られていて、まるで天然プラネタリウムのようだ。しかし、ゴーゴーという風の音が気にかかる。
朝食後、テントを撤収して、いざ出発。ここからは、いきなりの急登だ。ヘッドランプを頼りに、あいぎながらゆっくり登る。積雪はあるが、たいしたことはない。重いザックが肩に食い込む。はあはあと自分の息遣いだけが、妙にはっきりと聞こえる。いつのまにか星の輝きが失われ、漆黒のなかに東の地平線だけが、ほのぼのと真紅に染まりだす。夜が終わり21世紀の夜明けが近いことの知らせだ。「21世紀のご来光は間に合うのか」−−少しあせりがでてくる。
富士山のシルエットがオレンジ色に浮きあがってきた。雲海にぷかりと浮いている。山ちゃんが、樹木があるにもかかわらず、耐え切れずこの辺で写真をとろうといいだす。が木立が邪魔して撮影にはよく場所ではない。もうちょっといい所、もうちょっと、と上がっていくうちに、砂払岳の少し下の絶好の場所に出た。あせったわりには、なかなかご来光が顔を出さない。ここは展望は最高だが、その分、風が猛烈で、カメラをきちんと構えられないほどだ。寒くて指先が凍りそうだ。「やっぱり低気圧はきていた」と変な納得をしてしまった。
寒さで真まで冷え切ったころ、ついに21世紀最初のご来光が顔を出した。夢中でシャッターを切る。しかし、いったん顔を出すと、ぐんぐんと太陽は登ってしまって、さっきまで深みがあって幻想的だった空が、しらっとしてしまって何の面白みもなくなってしまった。あまりにもあっけない。上にあがると、ますます風はすまざしくなり、砂払岳を下るときには、体が飛ばされるのではないかと思うほどで、目の前に鳳凰小屋があるのに体が固まって動けなくなってしまった。
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鳳凰小屋でいっぷくして、頂上へ向かう。風は相変わらずで、縦走はあきらめる。すぐに下山を始める。そこでハプニング。私のお気に入りの帽子が、ちゃんとあごでとめ、さらにヤッケの帽子をかぶっていたにもかかわらず、飛ばされてしまったのだ。後ろの菅原さんも気がつかないほどの、一瞬の出来事だった。恐るべし風パワー!
南御室小屋に戻ったのは、まだ10時半ごろだった。しかたがないので、小屋の外にある休憩所で、鳳凰小屋で購入したビールで乾杯。つまみは、スーパーで買った「おせちパック」だ。こんなんでも正月気分を演出してくれるのだ。それにしても寒い。コッヘルにあけたビールはみるみる凍り、シャーベットのようになる。まずい。その後は、熱燗、焼酎のお湯割りとぐんぐん加速していく。持参した酒、焼酎計4gは底をつき、小屋でワンカップを購入するはめに。
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この日は、最終日だというのに、豪華ディナーとなった。とくに、菅原さんの奥様からのチキンは、ビキニを着ていて、「私を食べて」と誘っていて、なんともおいしくいただくことができた。寝袋にもぐりこむころには、風の音が半端ではなくなってきた。ここは樹林に囲まれ、地形的にも盆地のようになっているので、風の直撃はないけど、頭上を風が猛スピードで駆け抜けていくことがよくわかる。ときどき舞込んだ風が、バタバタとテントを揺るがす。いまにもテントごとどこかに飛ばされるのではないかと不安になる。
2日は、やはり雪模様となった。テントを撤収するときも、いままでになく寒さを感じた。苺平を順調に通過。しかし杖立峠から夜叉神峠小屋までは、登りとまったく違って、落ち葉の下にアイスバーンが隠れていて、大きく転んでしまった。しかも足をひねってしまった。幸いなんともなかったが、転ぶ前にアイゼンを装着すべきだった。反省。
夜叉神峠小屋で休憩し、こりずにアイゼン未装着で下ったが、リーダーの山ちゃんが大転倒。ここでやっとアイゼンを装着した。早めの装着をすべきだったと反省点を残した。途中、携帯電話で芦安タクシーに連絡がつき、夜叉神峠下に着いたと同時にタクシーで一路甲府へ。タクシードライバーの推薦で、甲府市内の「草津温泉」に立ち寄り、世紀越えの垢を流した。