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Yama Aruki Philosophy
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100 Summits
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一期一会ならぬ三期三会?停滞の波乱も大キレットも越えて5座ゲット
北アルプス 大喰山(3101m)〜中岳(3084m)〜南岳(3033m)〜北穂高岳(3106m)〜涸沢岳(3110m)
2015年8月12日(水)夜〜8月16日(日) YoidoreYamaOyaji、プリン
岩場に咲くウサギギク
癒やされます。
「100の頂きに100のドラマあり」
「人生はうちなる未踏峰である」
私の”座右の銘”だが、今回の山行もまさに筋書きのないドラマが目白押しだった。今回の縦走計画は、日本百高山で未踏5座の踏破を目指す。夏合宿(笠ヶ岳・抜戸岳=両山とも百高山)の消耗度しだいだったが、意外と体調は良ろしく、夏合宿は高度順応にちょうどよい足慣らし山行となった。
ACT1
単独ヤマジョとの語らいとワイン3本
黒目がちの大きな瞳が印象的な単独女性が、南岳の手前で我々と並んだ。40歳になったばかりだという。何を話したかは忘れたが、ぽつりぽつりと会話を交わしながら、南岳小屋のテン場に着いた。隣接してテントを張り、早い到着に小屋でさっそく乾杯となった。最初は遠慮していた彼女だが、勧めるとすーと飲んでしまう。ガイド登山(1回5〜7万円らしい)ではあるが、バリエーション、沢登りなど、けっこう厳しい山をやっている。
前日は悪天ですぐに槍ヶ岳山荘に逃げ込んだ我々とは違って、ちゃんと幕営したとのこと。ちょっとストイックにも見える。上石神井に住んでいるとのことで、会に誘ってみたが、あっけなく振られた。組織に身を置くことは好みではないようだ。ん〜、残念! 山行話で盛り上がっていると、小屋の人からテント泊の人は出て行くようにとのお達し。テントに戻ってさらにワインを傾け、結局3本の空き瓶が残った(通常サイズ)。プリンは「まずい」と言って、ほとんど飲まなかったので、2人でほぼ3本!恐るべき酒豪ヤマジョ(よい子はまねしないでね)。
翌朝、夜空を飾った満天の星々が静かに消えていく頃、すでに彼女はパッキングを終えていた。だが、先にたつ様子はない。どうも我々を待っているようだ。朝陽の逆光に浮き上がるシルエットがかっこいい!が、見とれている場合ではない。さあ、出発だ。
すぐに、ざれた急な下りとなる。彼女が先行したが、休憩時に我々の後ろに付くようになり、いつのまにやら3人パーティーとなった。岩が重なり合う大キレット。浮き石が怖い。彼女は大きなザックを揺らしながら「おもい〜」といいつつ、懸命についてくる。ちょっとかわいい。岩が大好きなプリンは快調に進む。彼女のことも考えて、「もっとゆっくり」と声をかける。 肝心な箇所には鎖やボルトなどが打ち込まれ、手がかり、足場が確保されている。それでも重い荷を背負ったまま、足場の見えない痩せ尾根をまたぐのは、緊張の一瞬だ。ザックに振られて肝を冷やすこともある。さすがの彼女も「まだ死にたくないです」とつぶやく。
馬場平のテン場で食したオードブル
ワインとよくあいます。
北穂高小屋に8時半頃に到着。小屋でホットミルクやコーヒーを注文し、朝食とする。やっと巡ってきた“ほっと”タイムだ。しかし、それもつかの間、涸沢岳への縦走路に入ると緊張は大キレットと何らかわらない。途中、県警ヘリが飛んでいたが、やはり滑落事故があった。24歳の単独女性が亡くなったのだ。穂高岳山荘のテン場で隣の男性が目撃し、救助要請をしたとのこと。鎖場で浮き石を踏み抜いたらしい。ぐらぐら石はあちこちに隠れている。そこはバリエーションルートの北鎌尾根と何らかわらない。 穂高岳山荘には正午頃に到着。からりとした強い日差しが気持ちいい。彼女は荷物をデポし、奥穂高岳をピストン。その間、彼女の荷物番をかねてテントなどを乾かしてあげた。1時間ほどで戻ってきた彼女は、装備がきれいに乾いたことを喜んだが、パッキングをしていて「ない!」と、仰天の声をあげた。テントポールがないのだ。南岳小屋にポールの捜索依頼を出した彼女は別れ際、「○○○○○でした」と、自分の本名を告げ、きびすを返すと、一度も振り返らずに涸沢へと下っていった。だが、その後ろ姿は、どこか寂しそう。ひょっとしたら、9月の剱岳で再会できるかもね。
ACT2 ほのぼの父子との出会い
自炊部屋でたかれた石油ストーブ
ぬくぬくで会話も弾む=槍ヶ岳山荘、8/13
1日目は馬場平に幕営。翌18日は槍ヶ岳に近づくほど天候は悪化し、雨風がひどく、気温も低下。幕営はやめて小屋素泊まりに変更した。チェックインの10時を待って、すぐに小屋に入り、乾燥室に濡れた物すべてを入れ、さっそく自炊部屋で一杯。石油ストーブもあって、ぬくぬくだ。
ここには、いろいろな人が集まってくる。その一組が54歳のパパと24歳の息子だった。息子が父親の世話をかいがいしく見ている。感心な息子だな〜と感じ入っていた。ところが話を聞くと…。 息子は一浪で、現在2回目の留年で大学3年生。それでも山にはけっこう行っているらしい。 さらに卒業後は大学院に進学したいそうな。父親は「とにかく早く卒業してよ」とはいうものの、息子のことは全部認めている。やさしいパパだな〜。それに経済力もあるんだな〜。だって、そうじゃなきゃ、金食い虫の息子にこうもやさしくできないでしょ。案の定、銀行務めだって。ちょっと酔っ払って、「資本主義はもう限界でしょ」って挑発したら、「その通りです」だって。気が合いますね〜!
その息子、コースにやたら詳しい。すらすらと地名、山名が出てくる。だから山の話をしていても、気持ちいいのだ。聞けば考古学や地理に興味があるらしい。専門は聞いたけれど忘れた〜。
翌朝も天候は好転せず、槍の穂先はあきらめて下山するそう。二人は私たちに丁寧なあいさつを残し、ミルキーホワイトの空間に、仲良く溶けていった。
ACT3 関西選抜おじん・おばんの驚愕パワー
単独女性と別れ、穂高山荘のテン場でしばし日向ぼっこをしながら、まったりしていた。夕方近くになると、ぐっと冷え込み、穂高岳山荘の中に入り、ちびちびとやっていた。そこに突然、眼前30aのところにおっちゃんが出現、にーと笑う。「え〜、あんただれ?」と頭がフル回転、でも思い出せない。そのうちプリンが「大阪の…」。あっ、そうだ、南岳小屋で飲んでたときに、隣にいた大阪のおばん・おじんパーティーの一人だった。(我ながら回転遅すぎ〜)。「あっ、これはどうも」。我々より、4時間遅れで着いたとのこと。滑落事故の救助ヘリをじっと見守っていたという。外に出ると、おばちゃんが駆け寄ってきて、抱きつかんばかりに再会を喜ぶ。向こうのテーブルに座っていた一団が、いっせいに手を振ってくれた。なんか、うれしいような、恥ずかしいような…。
この一団、大阪泉州のハイキングクラブで今回の縦走を許された選抜チームだそうな。小屋泊まりとはいえ、我々と同じコースを踏むという。翌日は何と3時半に出発して、奥穂高岳でじっと夜明けを待っていた。そこでまた再会。ペースはあまりにも合わないと思いきや、前穂高岳から下りてくると、何と、いるではないですか。「どひゃー!大阪パワーには脱帽です」
ACT 番外編 成功は下界からのサポート
縦走で継続か撤退かの決め手となるのは、天候だ。今回、Yちゃんから気象情報のメールを何回か寄せてもらった。2日目の停滞、3日目の前進と南岳での停滞。そして4、5日目の決行。ウエブでの天気図と送っていただいた気象予報の解説で判断したのだが、ほぼ見立ての通りとなり、予定していた3000m峰7座の全山踏破に導いてくれた。山小屋とウエブだけの情報では心許なかった。サポートに感謝です。ありがとう!
【コースタイム】
8/12(水)自宅〜沢渡駐車場〜上高地8:30〜14:15馬場平・テン場
8/13(木)馬場平・テン場〜槍ヶ岳山荘(停滞)
8/14(金)槍ヶ岳山荘〜大喰山(3101m)〜中岳(3084m)〜南岳(3033m)〜南岳小屋テン場
8/15(土)南岳小屋・テン場5:00〜大キレット〜北穂高小屋(朝食)〜8:55北穂高岳(3106m)〜13:25涸沢岳(3110m)〜14:15穂高岳山荘テン場
8/16(日)穂高岳山荘4:45〜5:20奥穂高岳(3190m)〜7:35前穂高岳(3090m)〜10:30岳沢小屋〜11:50上高地登山口
朝日を浴びながら南岳小屋を出発。いよいよ大キレットだ!
北穂高岳まで続く大キレット。
すぐに現れる大下降。落石に注意が必要だ。
ナイフリッジにへばりついてのトラバース。手がかり、足がかりはしっかりある、が怖いぜ!
太い鎖も設置され、安心感は抜群!
単独の彼女もしっかりついてくる。
縦走路を振り返る彼女。起点の槍ヶ岳がしっかり見える。
ここもへばりつきながら越えていく。
いよいよ涸沢岳のピークへ。
涸沢岳ピークはもう少し。
奥穂高岳から朝焼けの槍ヶ岳を望む。
岳沢への下りは天国系。いままでの緊張をすっかり癒やしてくれた。
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