山が吼えている。小屋が震える。「場違いなところに来てしまったかもしれない…」。弱気の虫が腹の底でうごめく。北岳山荘の中にテントを張り、一息ついても、烈風は治まる気配はない。このすさまじい風の唸り声は、朝までとぎれることはなく、弱気の虫を元気づかせた。ところが、外に出てみると唸り声ほどの力がないことに気づいた。朝陽に浮かぶ富士のシルエットが目に飛び込むと、いつの間にか恐怖心は消え、未知への挑戦心がふつふつと満ちてきたのだった。 【プロローグ】 そして、運命の昨年。経緯を書くと長くなるので、結論からいうと、山ちゃん、ヒロナガに、がははおじさん、プリンさん、ゆけむりさんを加えた5人で北岳を目指すことになった。そのために、南八ヶ岳縦走、日光白根山と2回の訓練山行を実施し、その前後には準備会&反省会と称して飲み会を重ね、パーティーの結束とモチベーションを高揚させてきたのだった。しかし、残念なことに2日前になって、がははおじさんが諸事情で不参加となり、結局、4人パーティーを組むことになった。夜叉神から鷲ノ住山間は、土砂崩れの影響で、いまも通行止めということで、奈良田から入ることにする。夜叉神からとは30分ほどしか違わない。そうなると、「同じ林道を歩いて戻るより、縦走で奈良田に降りたほうがいいじゃん」となり、反省会を重ねるたびに、山ちゃんの不安をよそに断然縦走志向が強まってきた。こうして計画は、北岳リベンジから縦走へと飛躍したのだった。
【12月30日】晴れ。夜8時半、会事務所をゆけむりさんのランドクルーザーで出発。まったく問題なく、予定通り奈良田の変電所前に到着。テントを張り、ゆけむりさん持参の濁り酒などで一杯やって、早めに就寝した。 【12月31日】晴れのち吹雪。共同装備を振り分け、パッキングをすまして出発。後で気がついたのだが、ゆけむりさんがこの日初めて使ったマットをザックに入れ忘れ、紛失してしまったのだ。(もし拾った方がいましたら、何でもメールにてぜひご一報ください) いよいよ、歩き沢橋の登山口に着いた。雪はない。YoidoreYamaOyaji、プリン、ゆけむり、山ちゃんのオーダーを組む。ここから、いきなりの急登だ。あえぎながら、ゆっくり登る。途中、左側が切れていて、細い道には雪と氷がついていて嫌らしいところがある。右側はもろい岩壁でザックが引っかかり手がかりも不安定。緊張する。高度を上げるのに連れて、降雪も強くなってきた。登りっぱなしで、いい加減うんざりだ。雪は膝まであるがトレースがしっかりしているので、ラッセルにはならない。池山小池小屋に着くと、先着の3人パーティーが小屋の中にテントを張りだすところだった。
【1月1日】快晴。小屋を出ると、初日の出が樹林のすき間から差し込み、雪原を紅色に染めている。トレースを新雪が埋めているが、消してしまうほどではない。樹林帯の中を新雪に足を取られ、倒木を越えながらの急登は、体にこたえる。雪山は体力勝負という言葉が身にしみる。4時間以上の登りに耐え、やっと森林限界の砂払に着いた。雲海に鮮やかに浮かぶ富士山、これから登るであろう間ノ岳、農鳥岳は新雪をまとい、陽光を弾いている。よく見ると雪煙を舞い上げているではないか。「風の通り道だけだろ」。「ん?あっちもこっちも雪煙が上がってるぞ…」。「大丈夫かなあ…」 さらに、だだっ広い尾根を進み、ボーコン沢の頭に着くと、眼前に北岳バットレスが飛び込んでくる。迫力がすごい。休憩していると、八本歯の頭の方から男性2人組がやってきた。佐賀県からで、奈良田へはバスで入り、大門沢を登り、昨日は北岳山荘に泊まったという。天候が最悪のときに農鳥岳を縦走したわけで、風と雪で前も全然見えず、「筆舌に尽くしがたい状況だった」とたんたんと語ってくれた。気負いも恐怖心も克服した人間だけに漂う、すんだ人の臭いに触れることができた。わずかな時間ではあったが、実に心地よい出合だった。トレースの有無などの情報をいただき、写真を撮り合い、お互いの無事を祈って別れた。
いよいよ、八本歯のコルである。ここで、アイゼンを装着し、気合いを入れる。いきなり両側にすぱっと切れたリッジが現れた。腹にぐっと力を込め、突入する。四つんばいになるが、左の岩にザックが当たり、焦る。さらに冬は意味のないトラロープも引っかかり、プリンさんに外してもらう。落ち着いてよく見ると、足がかり、手がかりはしっかりある。アイゼンの出っ歯にしっかり乗れば大丈夫だ。「絶対に落ちないぞ」と自分に言い聞かせて、無事通過。つぎの急な下りには、しっかりした支点があり、残置のテープシュリンゲもあるので、ロープは出さずに全員が通過した。 その後は、ハシゴがついているので問題なく通過したが、ほっとする間もなく、またまた急登にあえぐ。へろへろになりながらも、つり尾根の分岐にザックをデポし、いよいよ最後の登りに入る。登る前に気になっていた頂上直下のトラバースは、若い女性が教えてくれた通り、積雪が少なくクラストしていたので、アイゼンがしっかり効き、不安なく通過できた。ここからは困難もなく、夢にまで見た冬の頂上をしっかり踏むことができた。風は強いものの快晴で、雪に彩られた360度パノラマを満喫できた。
再び重いザックを背負い、北岳山荘へ下り始める。風はさらに強くなる。朝7時に小池小屋を出てから9時間が経過していた。でも、あと1時間もかからずに小屋に着けるはずである。ところが、西側の巻き道に入ってしばらく歩いたところで、なっ、なんとトレースを見失ってしまったのだ。ルンゼ状の窪みにかなりの雪がついているのだが、トレースはない。後のゆけむりさん、山ちゃんには前方が見えないはずなのに、「上だよ、きっと」と檄を飛ばしてくる。しかし、尾根へ突き上げる方は、雪が飛ばされ岩肌がむき出しになっているとはいえ、アイゼンの爪跡ぐらいは残っているはずだ。こっちの焦りをよそに、後から「ルンゼを上に向けて渡ったらきっと道あるよ!」と、またまた難しいことをいってくる。イメージしてみたが、途中で落っこちるイメージしか浮かんでこない。結局、私の意見で、少し降りて雪の詰まったルンゼをまっすぐトラバースすることに。私の代わりにプリンさんが慎重に突っ切る。岩場を少しまわりこむと、すぐにトレースと合流することができた。ほっ…。 ここからは、小屋が見えたり、尾根に隠れたりしながらも、着実に小屋が近づいた。日が暮れる直前の午後5時、やっと北岳山荘に着いた。西の空は夕焼けで赤く染まり、富士山は影絵のような美しいシルエットを見せている。が、風は西からも東からも吹き寄せ、あたりの雪を巻き上げている。小屋に入ると、小池小屋でいっしょになった単独行の男性が先着していたので、手前の部屋に幕営した。中は天国である。
天気予報を聞き、今後の方針を話し合った。日本海に低気圧が発生するが大きく崩れることはなさそうという判断をくだし、縦走決行を決定した。それにしても、気になるのが風である。「グワー」「ゴワー」「ドー」と、すさまじい唸りを、夜通し上げ続けた。2年前を思い出した。にご〜。さんに「風が強くてボーコンの頭から下った」と話したら、「冬山は風が強いのが当たり前」と一笑に付されたのだ。そう、冬山は風が強くて当たり前!行くぞ〜!でも、正直少しびびってます…。 【1月2日】晴れ。強風。 4時起床の予定が、リーダーは3時半にみんなを起こした。風の音が気になり、どっちにしてもみんな寝ていられない。外に出たプリンさんは、「風は音ほどでもないわよ。星がすごーい」と報告。実際出てみると確かに、それほど風に力はない。これなら行ける、弱気の虫は消えていた。
7時出発。尾根では、風を避ける場所はまったくない。真っ向勝負である。耐風姿勢を時々とりながら、ゆっくり進む。中白根山で、セルフタイマーを使って、北岳をバックに4人そろったスナップを撮影した(一番上)。ここから見る北岳は、きれいな三角形を見せてくれるので、大好きなロケ地の一つだ。頂上がだだっ広い間ノ岳は、風の通り道になっているのではないかと心配していたが、それほどでもなく、農鳥小屋への下降点もケルンがあってすぐに分かった。マーカーも見え、トレースもはっきりしているため、農鳥小屋へは問題なく到達することができた。解放小屋は、手前右側にあり、前日も使ったと見えてドアはすぐに開けることができた。中で休憩をとったが、その間も烈風にあおられた雪が陽光をきらきら弾きながら、ドアのすき間から入ってくる。 風は衰えることはなく、農鳥岳の登りの尾根は、西も東も山肌にそって雪煙を巻き上げている。登り始めると東斜面を竜巻のように雪を巻き込んだ渦状の風が波状的に押し寄せてきた。西からは、斜面に沿って突き上げる風が襲いかかり、体が浮き、足がよろける。それでも、一見無秩序に吹き荒れている風にも、リズムがあることが分かってきた。山が呼吸しているかのように。だが油断大敵、裏をかかれることもしばしばあるので、耐風姿勢から歩行に入るときが要注意だ。斜面であおられバランスを崩せば、命はない。「死の臭い」は、間違いなくこの周辺に漂っている。
止まっては一歩、二歩、止まっては一歩、二歩の亀の歩みではあるが、いつのまにか農鳥小屋ははるか眼下に遠ざかっている。傾斜もきつくなってきた。西側の巻き道は、雪がついて危険なため尾根沿いの道を上へと進む。クラストした雪にアイゼンをけり込み、ピッケルをグイっと差し込む動作を確実にくり替えし、蒼い空の高みへと近づいてゆく。そのとき、風の音も、顔に打ちつける雪煙も、気にならなくなった。「登ってる」という充実感が体中にみなぎった瞬間だった。ところが、いい気になっていたその直後、最大のピンチに見舞われたのだった。 そうです。季節はずれのセミ君に変身したのです。岩肌がむきだしになっていてトレースを見失い、後から「行け」という情け容赦ない叱咤激励に突っ込んだものの、直登するにはあまりにももろい岩肌で、クライムダウンするにも、かなり危険、又の下は奈落の底である。そうこうしているうちに、ゆけむりさんが待機しているところがルートだったことが判明し、二人がこっちと同じ高さまで登ってきた。数メートルのトラバースだが、ロープを出してもらうことにする。登り返してきたプリンさんが途中までトラバースし、ロープを掴んで無事に渡り終えた。「いくよ!」、「よーし!」。私にロープを投げてよこすが、2、3メートルで失速、ガク。でもズッコケられる場所ではないのだ。4回目ぐらいで、やっとロープが届いた。左側は下に向かって終わりの見えない空間が広がっているが、腰に巻きつけたロープを三人ががっちり支えてくれているので、まったく不安はない。慎重にそして思い切りよく踏み出した。思ったよりアイゼンが効いてスムーズに渡れた。ピンチを脱出したのだ。ここからは、ワンピッチぐらい(ロープは出していない)、アイゼンをけり込みながら直登すると、西農鳥岳の頂上にポンと出た。
ここまで来れば、先は見えた、と思ったら大間違い。ここから、東農鳥岳までがまた長い。いくつも現れるピークにだまされながら、耐えに耐えた。マーカーがはっきり見えるので、西側の巻き道を進むが、山側の足、つまり左足の負担が大きく、だるくなる。そうこうしているうちに、東側前方に斜面を緩やかに登りつめた、はるか向こうに東農鳥岳の標識が見えてきた。一歩一歩噛みしめるように斜面を登りつめ、ついに縦走最後の西農鳥岳のピーク3025・9メートルに立った。東農鳥岳より低いのだが、そんなことはどうでもいい。メンバー全員が喜びの握手を交わした。 ピークを下って早々にトレースを見失ったが、遠くにトレースがはっきり見えるので、膝まで雪に埋まりながらも、それを目指してまっすぐ下る。そこがやはり夏道で、マーカーが確認できた。相変わらず風は強いが、稜線上よりはかなり楽になってきた。 【1月3日(日)】晴れ <コースタイム> <参考> |